乳がん(発症時:56歳) 収録時:58歳 女性 総時間:8'33" |
下↓の▶ボタンをクリックして音声を聞く事ができます。 |
目次
00'03" がんとわかったきっかけ
02'35" 治療(手術や入院)について
04'17" 家族への思い・家族の思い
05'10" 支えとなったもの
05'53" 患者会、リレー・フォー・ライフ
07'32" がんを体験したからこそ伝えたい思い~メッセージ~
00'03" がんとわかったきっかけ
――検診を受けられるきっかけ、その辺からお話しいただけますでしょうか。
市の、クーポン券が来まして、それを持って検査に行きました。その結果が1週間から10日ぐらいしてから手紙で、「要注意だから、もう一度検査した方がいいんでないか」っていうことで、手紙に書いてました。要注意に対してちょっとこう、腑に落ちない面がありましたので、自分でもう一度検査に行きました。
――自覚症状とか、ここなんか変だなって、なかったんですか。
いやあ、全然ないですね。
――再検査を受けた結果どういうことになったんでしょうか。
病院に行って検査受けたんですけれども、「専門医の病院の方に行かれた方がよろしいんでないですか」っていうことになりまして、紹介してもらった病院の方に行きました。その病院でまた検査して。結果的にはまず検査したんですけれども、がんという言葉が出ないんですよ。ここでは手術するとか、何するとかそういうことはできない、ただ検査するだけだし、大きい病院の方にまた行った方がいいんでないか、っていうことをまた言われました。それで病院を決めて、紹介状もまたもらって、行きました。
――また検査をされるわけですよね。
検診受けたときに、「石灰化がある」っていうことで言われてたんですけれども、その石灰化を採って、それを東京のがんのセンターとか何とかに送ってやって調べてもらうしかない、ってなったんですよね。それでまあ、手術を受けたんですよ。その結果は、がん化した細胞が1つや2つありました、っていうことになったんですよ。注射針もやったんですよ。なんていうの、ピストルみたいな感じで、エコー見ながらパンって弾くんですよね。そうすれば、そこを中心に目掛けて針がそこに素早く刺さるんですよ。それもやったんですけれども、それには入ってこなかったんですよね。で、結果的に先生の方で切開して中を採って、それを送らなければならないということになったんですよね。ええ。だはんで、まず最初のその手術は、がんだから取りましょう、っていうことではなかったんですよ。
02'35" 治療(手術や入院)について
――わかった時点で治療方針、という話になったと思うんですが、医師側とどういうお話をされたんでしょうか。
あのがんっていうことに対して、抗がん剤、放射線、あとは手術。その3つが3セットになっています、それでまず抗がん剤、先生の方では受ければ受けても良いし、受けねば受けねしても良いんた話になったわけさ。へば、あ、私はもともと、膠原病っていう病気がありまして、抗がん剤やるとその膠原病の方が強くなって、まあ、ほとんど車いす状態になる確率もありますよ、っていうことになったわけさ。それで「そうすれば、そういうことやってて歩けなくもなったり、車いす状態になってるんだば、大変だな」と思いながら、そうすれば「私は抗がん剤は受けません」って、先生の方に言ったんですよね。それで、放射線と手術になったんですよね。放射線治療は、月曜日から金曜日まで毎日4週間ぐらいだったべかね。その後はホルモン治療ですよね。今でも3カ月に1回はお薬貰って、今でも受けてます。ホルモン治療っていうのは、なんか副作用は急に、こう暑くなったり、急に寒くなったり、こう変動が激しいような、そういう副作用が出てくるんですよ。大変な面もありますよね。
04'17" 家族への思い・家族の思い
――がんが認められるという話になった時のご自身のお気持ち、ご家族にはお話になりましたでしょうか。
自分ががんになって手術するとか入院するとか、家族には迷惑かけられないな、って。それがすごく苦しく大変でしたね。でも手術になると身内のサインが必要になるし、身内に対しても先生の方から一応お話があるということにもなるので、大変でしたけれども、言うしかないし、言いましたね。そうしたら自分はもろにショックを受けてるんですけれども、家族の方も、もろにまたショックを受けるんですよね。すごいもんだと思いました。
05'10" 支えとなったもの
――何がご自身の支えになったというふうにお考えになりますか。
やっぱり家族ですよね。最初はがんって聞いた時に「ああ、何か月生きるんだべ、明日死ぬんだべか?」そういうえんた考えしかなかったんですよ。その治療方針も見えないし。
子供は、社会人になっていましたので、がんに対してのネットとか、いろんな面で調べては私に教えてくれまして、それでまあ、ある程度勉強にもなりましたよね。で、そういう意味で心身的にそういうふうに支えてもらいました。
05'53" 患者会、リレー・フォー・ライフ
――何かそういう体験をされた方々と意見を交換したり、思いを共有したりっていうことはございますか。
病院で、『がん患者の友の会』っていうのをやってるんですけれども、そういうのに参加しながら、協力していろんな患者さんとお話したりして。また、自分でもいい勉強になってると思ってます。安心ができますよね。今まで病気知らないで、一生懸命働くだけが精いっぱいな人が急に病気になって、がんっていう、そういう病気になってしまえば、今まで一般的に付き合ってる人たちは付き合わなくなるんですよ。やっぱりがんっていう言葉が、今いくら治療が良くなってきてるって言っても、がんっていう言葉に対しては、かかった本人はびっくりでも、周りの人も余計にそれに対してはすごいんですよ。だから、いくらこう近しい人でも、言えないもんもいっぱいありますよ。だから、私も友達いっぱいあるんですけれども、その中の一部には、自分ががんになりました、とは伝えてませんよ。今までできていた行動ができなくなるんですよ。体力的にも精神的にもそういう場についていけなくなるんですよ。それでやっぱり、今まで付き合った人たちと違う、病気した人たちの繋がりが強くなっていくんですよ。
07'32" がんを体験したからこそ伝えたい思い~メッセージ~
――がんを体験して、ご自身から何を一番おっしゃりたい…
それは、一番はやっぱり検診ですよね。検診あってこそ、その病名もわかるだろうし、検診あってこそ、先行きがやっぱり、計画的なものもわかってくるだろうし。やっぱり検診が一番大事だと思います。
私も病気になって感じました。それまではやっぱり、その5年とか3年に1回のそういう検診でも「やらなくてもいいんでないかな」とか、そういうふうに思ってましたけれども、今回はこの検診に対してすごく救われてきましたので、やっぱり第一は検診だと思ってます。