急性リンパ性白血病(発症時:9歳)

収録時:30歳

男性

総時間:9'49"

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目次

00'03" がんとわかったきっかけ
03'16" 治療(手術や入院)について
03'39" 家族への思い・家族の思い
05'21" 職場や周囲の人との関わり
07'13" がんを体験したからこそ伝えたい思い~メッセージ~


00'03" がんとわかったきっかけ

 

――どんなきっかけで医療機関を受診することになったんでしょうか。

 

ちょうどその、具合が悪くなったのが9才の頃だったんですけれども、いきなり全身がだるくなって熱っぽく感じて、右足が痛くなって、1日授業を過ごして、そのままちょっと、さすがに歩くのが困難だったので、2つ上の兄に担がれながら帰って「これはおかしいな」と。整形外科の個人病院の方に行きまして、写真撮ってもらったんですけれども、特に骨に異常はないな、内科的な疾患じゃないか、ということで、翌日病院にですね、受診したらすぐ入院するっていう形になったというのが、きっかけになります。

 

――入院ですよと言われたときはどんなお気持ちでした?

 

その頃は風邪気味になることも多かったので、病院によくかかっていたので「まあ、すぐ治るだろう」みたいな。ただただ「具合悪いだけだろう」と思ってたんですけど、すぐ入院、と言われて、目が点、ですね。「えっ、そんなに悪いの?」と。長くかかるわけはないよな、とその時は思ってはいたんですけども。

 

――自分の病名を知ったのはいつ頃なんでしょう。

 

まず全身に、青たんみたいにぷつぷつと、斑点みたいなのが出てたのが特徴だったのもあったんで、「そういう紫斑病みたいな病気だよ」と聞かされて入院していたというのが最初で。私が罹ったのは、急性リンパ性白血病なんですけれども、実際に病名がわかったのは、退院してから2年後、病気のフォローアップの最中で。小学校6年生の頃だったと思います。
 病名に関しては親からも先生からも特別、これといった説明はなかったですけれども、どういった病気かっていうことは、ばい菌に弱い、他の病気とかにも罹りやすい体質になってるんだよ、と。それを治していこうね、という形で治療を続けていったっていう形になります。

 

――お医者様との信頼関係は築くことはできたんでしょうか。

 

そうですね。やはり先生も元気強く励ましてくれてですね「治す、治すぞ」と、毎日毎日病室に来てくれては様子を見てくれて。で、ばい菌に弱いと。今はこうやって個室に入院しているしかないんだよ、っていうことはしっかり説明してくださったので特別病気、具体的な病名がわかっていなくても、病気に立ち向かうことはできたかな、と思います。

 

――病名を知った時はどんなお気持ちだったでしょうか。

 

紫斑病というのを一番最初に言われてからですね、「紫斑病なんだろうなあ」と思って、ずっと過ごしてきたところがあったので。病名がわかったのが、書類のサインするというのをちらっと見てしまって、白血病だとわかってしまい、自分がそんなに大きい病気になっていたんだ、親といつもお世話になってる先生に特別病名を明かされないでいたんだな、と。驚きの方が強かったんですけれども。その後、よく考えてみると、こんな大きい病気を自分は治すことができたのか、という、どちらかというと、満足感といいますか「よく戦ったなあ」というですね、そっちの方の驚きの方が強くなっていった気がします。


03'16" 治療(手術や入院)について

 

――治療も大変だったと思うんですが。

 

治療のための検査をですね、何回も繰り返しては、痛い思いをして「なんでこんな痛い思いをするんだ?」っていうのが、かなり自分の中では、強い思い出にはなるんですけども。抗がん剤治療をやっていくと、髪が抜け落ちるということが、やっぱり9歳にしてみると、大きな出来事になりまして。



03'39" 家族への思い・家族の思い

 

――ご家族のみなさんがフォローをかなりしてくださったと思うんですが。

 

9歳だったので。毎日毎日母親が通ってくれて、毎晩、一応何があるかわからないので、一緒に横で寝てくれたりですね。で、半年以上の入院だったので、母ばっかりやってると母も体調崩してしまいまして、父親そして、おばあちゃんにも付き添ってもらって、家族総出で私の看病に当たってくれました。もう本当、そのおかげもあってですね、しっかり生きることができたのかな、と思います。

 

――小さいお子さんの場合、やはりそのご家族の方のサポートというのがすごく大事だと思うんですが、ご家族の方へ何か伝えたいこと、アドバイスできるようなことってありますか。

 

小さい子供というのは病気の名前を告げられたところで、どんな重い病気なのか、どんな治療が待っているのか、何か月入院するのか、何が具合悪いのか、っていうのが全くわからないんですね。自分の物差しという物が全く出来上がっていないので、この状態が調子いい状態なのか、はたまた具合が悪い状態なのかがさっぱりわからないんですね。家族の一つの努力で本人のやる気に変えることもできると思うんですよ。親がネガティブ姿勢は見せないように、うちの父も母もなるべくそういったネガティブな情報は入れないように、そして毎日戦っていこうよ、っていう、毎日毎日の励ましですね。「願っていれば、必ず治るんだ」というのをですね、毎日毎日言ってくれたっていうのが、今では記憶に強く残ってますね。



05'21" 職場や周囲の人との関わり

 

――同じような病気で入院しているお子さんたちもいらっしゃったかと思うんですが。

 

私の一つ上に私と全く同じ病気で入院をされてた方がいまして、その方もやはりお母さんと一緒に入院、治療をがんばっていまして。うちの母も、全く情報がない中でいきなり白血病と言われ、何をどうすればいいのかわからない、といったときにですね、やはりその、一つ年上のお母さんとかなり情報共有をして、そういったことでお互い励ましていったというのが、とてもあったみたいです。私もその方とのコミュニケーションと、そういった情報交換というのは退院してからも何回かやったんですけれども、お互いわかっているので、痛みと辛みというのは。共感し合いつつもがんばろう、と励まし合ったのが、今でも思い出にあります。

 

――その当時、何か希望があったとか。

 

長いこと入院していましたので、この病院で命を助けてもらって、お世話になったこの病院に恩返ししたいな、という思いがかなり強くなりまして。今、お世話になった病院に診療放射線技師として勤めることができております。

 

――退院をしてから、それまでの生活をすることはできたんですか。

 

白血病という病気柄ですね、ちょっと怪我をするなり、病気してしまうなり、長引いてしまう傾向にある。そういった状況で抵抗力が下がってしまうと、再発の可能性もあるんじゃないかみたいな。自分の父や母もそういったところはかなり気にしていて。特に退院してすぐの頃は、フォローアップの検査とかが、すぐ待っておりましたので、学校に全部通わせるのは危ないんじゃないかということで、午前授業の方を何か月かちょっと体調を見ながら過ごした、っていうことがあります。


07'13" がんを体験したからこそ伝えたい思い~メッセージ~

 

――病気を体験したご自身として、同じように今辛い治療でがんばっているお子さんたちに何か伝えるとしたら、どんな声をかけますか。

 

まず、諦めてはいけない。何があろうとも。治療で、何か痛い、痛いこともあると思います。痛いんだけども、その先には必ずきっと希望は見えてきます。諦めずに頑張ること。信じていれば必ずきっと良い方向に向かうと思います。ちっちゃい子はわからないと思うんです。何がいいのか何が悪いのか、わからないんだけども、何かあった時、何か具合が悪いなと思った時はすぐ、お母さん、お父さん、家族の方に絶対伝えること、それが些細な事であっても伝えるようにすると、親もしっかり、君の気持ちには気づいてあげられるようになるよ、っていうのをですね、すごい伝えたいですね。

 

――健康な皆さんに何か伝えるとしたら。

 

まずはやはり、私は運がよく早期発見に繋がって、すぐ入院して治療を続けることができたと思えます。少しの体調の変化でも、すぐ気付いて、そして、すぐ病院に行って検査を受けてみる。そして、健康診断を受けてみる。その一つの「ちょっと調子が悪いな」というその思いを大事にしていただいて、早期発見につなげていただきたいと思います。

 

――がんを体験した今だからこそ一番伝えたいこと、何か言いたいことありませんか。

 

がんはやはり治るものだと思います。治らない病気ではないです。早く見つければ絶対治るんです。そして「特に不調がないな」と思っていたり、「ちょっと引っかかったけど、健康診断に引っかかったけど、病院に行くのは嫌だな」という人にひとこと言いたいのは、早く見つかれば10年20年生きられるかもしれないのに、遅く見つかったら2年3年で死んでしまうかも知れない。何か一つのきっかけで、寿命が2年3年だったかもしれないものが、5年10年15年と伸びることが、伸びる可能性が出てくるんだよ、と。なるべく早く自分の体調不良には気づいて、ケアしてあげるようにはなりましょう、というのが、とても伝えたいことの一つになります。