診断時:50歳代後半

インタビュー時:診断から2年(2009年)

性別:男性   保健医療圏:青森地域

世帯状況:親子

備考:前立腺がん、腎臓がんも発病

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――実家のほうのご家族とも病気中の何かコミュニケーションといいますか、病気中にご家族の皆さんは山崎さんに気を遣っているとか。

 

かなり遣っています。相当遣っています。私にはなるべくさせたくない。

 

――させたくないとは?

 

いろいろなものにです。母親にしても姉にしても無知というか、13年前に父親が亡くなったのが前立腺がんだったということに関して、私も前立腺がんになったから、その影響だという思いが姉と母親にあるんです。

 

そのときは父親は何もできない末期の状況でしたから。なおかつ、思い込みでしょうけれども、姉やおふくろは、そういう病気の人間に過労な負担だとか、重労働みたいな、あるいは時間を使わせるようなことだとか、ストレスを感じさせるようなことはなるべくさせたくないという思いがあるんですよ。

 

――そのほか、ご家族、あるいは奥さまに支援などしていただいて、何かありがたいと思ったことはございますか?

 

あります。私も、多分彼女(内縁のパートナー)も感じていると思いますが、私のがんのときには彼女が私にずっとついていましたから。彼女は正式には妻ではないので、籍は入ってないんです。でも、私の母も姉もすべて認めていますから、それはありがたかったです。

 

やはり、ある意味で、母親や姉に頼むよりも手際がいいというか、ツーカーというか、あうんというか。母親が言うには「私はもう、何もできないから」ということで、父親が13年前のときは320日間ずっと病院で寝泊まりしましたけども、その送り迎えを私がしたんですが、母は、今はそういうことはできないからということで彼女に、「Eさんに頼め」と母親が言うので、私が前回、肺がんで入院したときは、私をサポートしてくれました。だからこそ私も、彼女が腎不全で移植するときはずっと東京で、35日間ホテル住まいでいたんです。そういう点では、どちらの家の家族からも認められている存在だと思います。